甘えられる人




「ふぅ〜」

跡部景吾は一息ついた。

部活が終わり、部員がすべて帰ったのを確認する。

氷帝学園のテニス部部長は毎日が忙しい。

レギュラーと準レギュラーはほぼ自分が管理し、雑用もこなす。

部活時はレギュラーのメンバーも協力してくているので助かってはいるが、

時々キツイとは思う。

その分、有意義に過ごせている。

跡部は誰もいないコートに目を向けてから部室に向かった。

着替え終えてから報告のために榊監督の元へ向かう。


監督室の前で跡部は再び一息ついた。

「監督、跡部です」

ノックをすると、中から榊のはいれ。の声が響く。

失礼します。とドアを開けると、榊は机の上で書類を広げていた。

相変わらず忙しい人だと思いながら、跡部はその姿を追っている。

榊は一度手を休め、席を立つ。

「ごくろうだったな、跡部」

少し柔和な笑みをこぼし、奥の簡易キッチンの方へ向かう。

しばらくして、紅茶のいい匂いが辺りを包み込んだ。

「跡部、誕生日おめでとう」

榊はテーブルの上にカップと僅かながらもケーキとクッキーなどお菓子も置いた。

「監督、ありがとうございます」

部長になってから榊は跡部の誕生日をこうして、祝ってくれていた。

跡部にしてみれば、部員たちに祝ってくれるのも嬉しかったが

榊に祝ってくれるほうが何倍も嬉しく感じていた。

榊といる短い時間がとても幸せだった。

「跡部」

榊はふと、跡部の名前を呼ぶ。

跡部はその声の方へと顔を向けた。

それでも、榊は言葉を発しない。

ただ、跡部の顔をジッと見つめていた。

「監督?」

見慣れたはずの榊の顔だったが、見つめられて、跡部は少し気恥ずかしくなった。

それでも跡部はその視線から逃れることはできなかった。

「跡部・・・」

少し小さくつぶやくように、再び榊が名を呼んだ。

跡部の心に軽く熱いものが流れてくる。

「監・・・」

榊の手が跡部の頬に触れる。

同性のゴツゴツした手の感触だった。

ビクッと跡部は驚きで体が震えたが、それは静かに消え去る。

「あ」

榊が跡部の唇に自分のそれを重ね合わせたからだ。

跡部は優しい暖かさを感じた。

「・・・監・・・督」

唇が離れても恥ずかしさに跡部はまもとに榊の顔を見ることができなかった。

「跡部・・・私はお前を愛しく思っている」

榊はそう告げた。

跡部はその言葉が嬉しくて、気恥ずかしさがどこかへ飛んでいった。

「監督・・・」

何故、榊といるのが楽しかったのか・・・

それは同じ気持ちだったからか・・・。

「監督、俺もです・・・」

その跡部の言葉に榊は小さく笑みを浮かべた。

「跡部」

榊は跡部を抱きしめると、再び口付けを交わした。

何度目かの口付けのあと、榊は立ち上がり、

室内に置いてあった大きな箱を跡部に差し出した。

「跡部、これは私からのプレゼントだ」

箱を開けると、白いスーツが入っていた。

榊はそれを着るように跡部に促した。

「先日、美味しいレストランの店を偶然見つけたのだが、お前と来たいと思った。
これから私と一緒に行ってくれないだろうか」

榊は少し照れたように声を出した。

「俺でよければ」

跡部は即答した。

跡部は榊からのプレゼントの白いスーツを着て、榊とともに彼の車でその店へと向かった。

白い壁が清潔感を漂わせ、ゆっくりと静かな空間が広がっていた。

榊という好きな相手と食事をしていたのだからか、とても楽しく、料理も美味しかった。

店を出ると車の運転手が店の前で待っていた。

「跡部、行きたいところはあるか?今日はお前の誕生日なのだから、甘えてもいい」

榊は車に乗り込むと、跡部にそう言った。

「・・・監督の部屋に・・・」

その言葉に榊の方が驚き、言葉を一瞬失った。

「今日はずっと監督と一緒にいたいです。だから・・・」

「跡部」

榊は分かった。と笑みをこぼすと運転手に行き先を告げた。

「今日はお前の気の済むまで一緒にいよう。それがお前の望みならば・・・」

榊は跡部にそっと優しく頬にキスを落とした。

跡部はその温もりを忘れないように静かに抱きしめた。













おわり